こんにちは、はまなす(@kadenzp)です。
動画
初めて本格的なラップに挑戦してみました。
歌詞
深夜2時過ぎ 台所 蛇口の水がだらだらと流れる ひとりぼっちのあたしを照らすのは 冷たい蛍光灯の明かりだけ
何もかもを失ったあたしは 作り込んだ笑顔も忘れて 部屋の奥から姿を表す 暗闇と対峙していました
ひとり寂しく缶を開ける 空き缶の数が増えていく 「こんなはずじゃなかったのに」なんて 今となっては後の祭り
今季一番の寒気を伴う 12月の風が時間だけを ひどく乾いた空気を残して あたしのもとから連れ去っていく
こんなに寒く虚しい夜には 君にそばにいてほしかった だけどろくでなしのあたしには それを願う資格などなかった
君と別れて覚えたカクテル 暗いキッチンでひとり飲みほした 何かに効きそうなほろ苦い味が 渇いた頭に広がる
Aメロ 不安を落ち着かせるという 処方薬を飲むと 長年こびりついた苦しみが いとも簡単に遠ざかる
僕たちがありがたがっている 気持ち、感情、心ってもんが いかに単純な仕組みで出来てるか ってことに気づかされる
この世界のどこにでもありふれている ねたみ、裏切り、破壊に満ちた社会問題に どんな高尚な精神論を唱えても スプーン1杯の砂糖にもかなわなかった
おまけ
古くから「心」や「精神」、「思考」というものは特別に神聖なものだと見なされてきました。その精神の作用を理解しようと、数多の哲学や宗教が生みだされてきました。しかしいずれも抽象的な概念や宗教的な世界の域を出ないという限界はありました。
その流れにある種のピリオドを打ったのが西洋医学です。どうやら人間は脳という臓器で思考しているらしいとわかり、さまざまな物質が脳、そして思考にどのような作用をもたらすかが調べられてきました。そのとき、我々が神聖視してきた「心」というものが脳という臓器と結び付き、単に複雑なだけの物理現象だと紐付けされてしまったのです。
薬、アルコール、タバコ、脳に作用する物質は現代社会では合法非合法問わず広く流通しています。もちろん私は非合法な物質や使用形態を経験したことはなくそれを推奨する意図は一切ありませんが、それらの精神作用物質は、良くも悪くも、いとも簡単に人の「心」というものを変えてしまいます。
また、科学は欲望やさまざまな感情に対しても、脳という臓器のなかで起こる物理現象と紐付けていきました。スプーンいっぱいの砂糖を摂取すると脳ではドーパミンという物質が放出されると言われています。このドーパミンは快楽ホルモンと呼ばれ、放出されたときには快楽をもたらしますが、それが過ぎたときに渇望などのもととなります。宗教における修行であるとか、高尚な理論を理解するとか、そのようなことではドーパミンは放出されません。
宗教や健康でよいとされる生活を守ることと、目の前のスプーン一杯の砂糖がもたらすような快楽を取ること、この二択を迫られたとき、人はどちらを選ぶでしょうか?果たしてこの社会を統治しているえらい人はみんな前者であると言えるでしょうか?
最後に、この曲を書いた直接のきっかけは、シンプルにみっともない失恋です。情けなかったですね。相手がきっぱりフッてくれなかったというのはありますが、年下の女の子にそんなことを要求するのは酷というもんでしょう。それがゆえに半年くらい粘ってしまい、力尽きてしまいました。そんな(初期の)恋愛を牽引するものも「ドーパミン」です。
