はまなす(@kadenzp)です。大変ご無沙汰しております。
今回は過去作「タイムマシン」の紹介をしたいと思います。
お知らせ:2026年中に動画を再生いただいて得られたクリエイター奨励スコアは熊本県に寄付します。
歌詞
せわしない日々の生活を送る
僕らの机の上はいつも散らかっていて
昔の恋を終わったものと思うだけの
余裕が今の僕には足りないんだ
引き出しの奥にしまった宝箱
開ける勇気がなくてここまで来てしまった
深い森の奥に眠れる美女になった君を
起こすことはできないんだ
ただその美しい微笑みに
叶わない思いを募らせていくだけなんだ
郵便受けを開いてみると君からの
ラブレターなんて入ってるわけもなくて
空き地のこと 選挙のこと 葬式のことまで
辛気臭いチラシがリサイクルに回される
「心の奥にしまった気持ちもいつかは伝わる」
独りよがりな思い込みだ
命の価値なんてさ考えたことなくて
何にでもなれると思ってたけど
そんな時代は続かない
それでも人生ってやつは続いていくんだ
ねえこんなに愛していたんだよ
狂おしいほど
だからさ そろそろこっちへおいでよ
あの時みたいに振り向いてよ
深い森の奥に眠れる美女になった君が
目覚めるときは来ないんだ
ただその美しい微笑みに
叶わない想いがつのっていく
残りの時間なんてさ考えるには早いような
それでも意識はしてしまうような
大人になっていくということは
本当にこういうことなのかな?
教えてよ
裏話
この曲は高校の時に仲がよかった子のことを思い出して書いた曲です。
定期試験のときって席があいうえお順になるので、定期試験の度に必ず決まった相手と顔を合わせることになりますよね。自分は高校1年と2年までは前後が同性だったので別に何も思わなかったんですが、3年の時は前が女の子だったんです。
自分でいうのもなんですが私は理数科目の成績がよかったので、しばしばその子に勉強を教えてあげることがありました。大変残念なことに、その当時は自分がクラスでトップのマドンナを追いかけていたときだったので、前の子とは関係が深まることは特にありませんでした。
卒業式の日、自分の高校は自由服なので女の子はみんな袴を着飾っていました。式の後は友達同士で記念写真を撮る時間があったのですが、そこで二人で記念写真を撮りました。
卒業した後、自分は大学では陰キャでしたし大変苦労をする場面もありました。その時に思い出すのはマドンナではなく席が前の子でした。そこで初めて自分の好意に気づきました。
しかし時はすでに遅く、連絡を取る手段はありません。自分は失恋も数多くしましたが、どれもまあ相手が好きな人と結ばれているので割り切っていて未練はないのですが、彼女だけは別です。皮肉なことに写真が残っているので定期的に「発見」しては心がキュンとなり、を数年に1回くらい繰り返しています。僕にとって彼女は「心の中の過去の記憶」という深い森の中で眠れる美女になってしまったのです。そして永遠に目覚めることはないでしょう。
特に最近30代となったので、周りが結婚したり自分も仕事を辞めたりして人生について考える時間が多くなっています。20代の頃は「時間は無限にあって自分はこれから何者にでもなれる」という若さゆえの全能感がありました。しかし30代になれば時間は有限であるということを意識せざるをえなくなります。終わりを強く意識するのは30代では早すぎるかもしれませんが、何となくは見えてくるわけです。
しばしば「人生は撤退戦だ」という悲観的な言説が言われ、そのたびに「人生はそんな悲しいものであってほしくない、変えられるはずだ」と思う自分がいます。それでも激しすぎる世の中の動きや日常を守るための営みのなかで自分をすり減らす度に思うのです。「大人になるって本当にこういうことなのかな?」と。
なお、タイトルの「タイムマシン」とは、「ほしいけれども、現実には存在しないし、手に入ったとしても意味のないもの」というような意味があります。タイムマシンが仮に存在して、過去に行けたとして、そして過去の自分と彼女の関係を変えられたとして、今生きる自分には何が残るのでしょうか?自分ごと戻れなければ意味がありません。そしてそのようなことはタイムマシンを作るより難しいでしょう。